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新潟地方裁判所 昭和32年(レ)31号 判決

控訴人 平井半治

被控訴人 中川安治

主文

原判決を左の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し、新潟県直江津市大字塩屋新田字下の廻り八六番及び九二番の土地(各地続き)上に生育している別紙(二)並びに別紙(四)記載の(イ)すぎ、(ハ)えのき、(ホ)りようがん、(ト)すぎ、(リ)すぎ、(ヌ)たも、(ヌ)′すぎ、(ル)すぎ、(ヲ)すぎ、(ワ)すぎ、(カ)たもの被控訴人所有各立木の樹枝で、別紙(一)並びに別紙(二)記載の境界線を越え同市同学九四番及び九三番の控訴人所有の土地(各地続き)にさしかゝつている部分について、別紙(四)の限度において各剪除せよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、別紙(二)、(三)記載の(イ)すぎ、(ロ)すぎ、(ハ)ゆのみ(えのき)、(ニ)すぎ、(ホ)りようがん、(ヘ)りようがん、(ト)すぎ、(チ)すぎ、(リ)すぎ、(ヌ)たも、(ヌ)′すぎ、(ル)すぎ、(ヲ)すぎ、(ワ)すぎ、(カ)たもの各立木につき、別紙(一)並びに(二)記載の境界線を越える枝を剪除せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

「1 控訴人所有の新潟県直江津市大字塩屋新田字下の廻り九四番及び九三番の宅地は、被控訴人所有の同所八六番及び九二番の宅地の北側に接しており、控訴人と被控訴人間の右境界線は昭和三四年五月八日に新潟地方裁判所から同庁昭和三二年(レ)第三〇、三一号境界確認請求控訴事件の判決言渡があり、それが同月二八日確定したことにより、別紙(一)並びに(二)の通り確定をみた。

2 ところで被控訴人土地上には、右境界線近くに、請求の趣旨記載被控訴人所有の樹木一五本が別紙(二)の通り生えており、その樹枝が右境界線を越え控訴人所有地内にさしかゝつている。

3 よつて被控訴人所有の右立木につき、右境界線を越える部分の樹枝の剪除を求める。」

と述べた。

被控訴代理人は「控訴人主張事実中、控訴人主張の各土地がそれぞれ控訴人と被控訴人の所有であること、右両土地がその主張のとおり相接していること、被控訴人土地上には別紙(二)の通り被控訴人所有にかかる(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ヌ)、(ル)、(ヲ)、(ワ)、(カ)の合計一四本の立木が生育しており、そのうち一三本についてはその樹枝が控訴人所有地にさしかゝつていることはいずれも認める。」と述べ、

抗弁として「右のように被控訴人の樹木の枝が控訴人方土地にさしかゝつているとしても控訴人に対しては何等の実害を与えていない。他方それが剪除をするときは被控訴人に多大の損害を蒙らせることになるから、結局その剪除を求める控訴人請求は権利の濫用として許されないというべきである。」と述べた。

控訴代理人は被控訴代理人の主張に対し「被控訴人は控訴人の本件樹枝剪除の請求は、その剪除によつて被控訴人の失う利益が控訴人の蒙つている被害よりも大きいのであるから結局権利の濫用であるというが、その点は争う。本件越境樹枝の為めに蒙る控訴人の被害は、これを剪除することによつて被控訴人の失う利益よりも遥かに重大である。即ち、

(1)  控訴人方は昭和一二年五月に火災に罹り住宅を焼失し、同年八月之を新築したものであるが、其際屋根は全部木羽葺としたところ、南側の下屋(雁木)七坪余は被控訴人方の越境樹枝の下になり日照が悪く且つ雨雪の落下が甚しいため、僅かの期間で腐蝕し、昭和一五年には雨漏が多くなりこの下屋の屋根をセメント瓦葺に取替えた。然し冬季になると前記高い越境樹枝から雪塊が落下するため、瓦が破損し雨漏することが多く、年々数枚ずつ瓦を取替えざるを得ないので、昭和三〇年八月亜鉛メツキ鋼板葺に取替えたが、この鋼板葺のみでも五八〇〇円を要した。

(2)  控訴人所有の土蔵の屋根は焼瓦であるが、これも越境樹枝から落下する雪塊のため毎年二、三枚破損するので、その都度取替えており、昭和三二年現在応急処置としてブリキ板を差込んで雨漏を防止している。

(3)  前記境界線に近い控訴人所有地はこの越境樹枝の下になつて植樹をしても成長し得ない。現に杉(目通り周囲約二尺五寸位)二本もその頂上が越境樹枝から落下する雪塊のため折れて充分の用材となり得なくなつている。

(4)  控訴人所有の土地中右越境樹枝の下に当る部分は数十坪に亘つて湿潤しその利用価値が著しく害されている。

このように被控訴人所有の越境樹枝による控訴人側の被害が大きいのに、一方この越境樹枝剪除によつて受ける被控訴人側の損害をみると、剪除すべき樹枝はいずれも立木の北側に当るので、これを剪除しても樹木に与える被害はほとんどなく極めて軽微な損失である。けだし、樹木の成長に必要な日照を多く受ける南側と異り、その程度の少ない北側の樹枝は剪除してもその樹木に与える被害はほとんどなく、かつあつても極めて僅少だからである。

以上のようにその利害の比較においても控訴人の受ける損害が被控訴人のそれよりもはるかに多いのであつて、被控訴人よりの権利濫用の主張は失当である」と述べた。

証拠関係〈省略〉

理由

一、新潟県直江津市大字塩屋新田字下の廻り九四番及び九三番の地続きの土地が控訴人の所有に、同所八六番及び九二番の地続きの土地が被控訴人の所有に各属していること、右控訴人所有土地の南側と被控訴人所有土地の北側が相接していること、被控訴人の右土地上には、別紙(二)の通り、同人所有にかゝる(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ヌ)、(ル)、(ヲ)、(ワ)、(カ)の一四本の樹木が生育していることはいずれも当事者間に争いなく、又控訴人と被控訴人所有の右両土地の境界線が、昭和三四年五月八日に当裁判所より控訴人と被控訴人を当事者とする当庁昭和三二年(レ)第三〇、三一号境界確認請求控訴事件の判決言渡があり、いずれも上訴期間の経過によつてその判決確定をみたことによつて、別紙(一)並びに(二)の通りに確定するに至つたことは当裁判所に顕著な事実である。そして、別紙(二)の樹木中の(ヌ)が被控訴人の所有土地に生育し、かつ同人の所有に属することは、当裁判所第二回検証の結果、原審鑑定人市川清の鑑定結果並びに弁論の全趣旨により認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二、そこで、被控訴人所有の右一五本の樹枝が前記境界線を越え控訴人方地内にさしかゝつているか否かについてみるに、控訴人は別紙(二)記載の一五本の立木の越境を主張するのに対し、被控訴人はそのうち一三本につき越境の事実を認めている(被控訴人は、当審で確定をみた前記別紙(一)、(二)の境界線よりも更に控訴人方土地内に入りこむ境界線を主張していた原審第五回口頭弁論期日に、右主張線を越えて控訴人地内に樹枝がさしかゝつていることを認めているのであるから、当然当審で確定をみた境界線を越えていることは自認しているというべきである)が、右一五本中のいずれであるかを明らかにしていない。よつて右全部の樹木について判断するに、当裁判所第二回検証の結果、同鑑定人鈴木善秋の鑑定結果、原審鑑定人市川清の鑑定結果(特に添附図面)によれば、控訴人主張にかかる樹木一五本のいずれもが別紙(一)、(二)の境界線を越えて控訴人方地内に樹枝がさしかゝつている事実を認めることができ、右認定を覆す証拠はない。

(一)  ところで、民法二三三条一項によれば、隣地の樹木の枝が境界線を越え他人の地内にさしかゝつた場合には、その樹木の所有者をして枝を剪除させることができるのであるが、相隣接する不動産の利用をそれぞれ充分に全うさせるために、その各所有権の内容を制限し、また各所有者に協力義務を課する等その権利関係相互に調節を加えている同法の相隣関係規定の趣旨に照らすとき、右越境樹枝剪除の請求も、当該越境樹枝により何等の被害も蒙つていないか、あるいは蒙つていてもそれが極めて僅少であるにも拘らずその剪除を請求したり、又はその剪除によつて、被害者が回復する利益が僅少なのに対比して樹木所有者が受ける損害が不当に大きすぎる場合には、いわゆる権利濫用としてその効力を生じないと解さなければならない。従つて結局越境樹枝の剪除を行うに際しても、単に越境部分のすべてについて漫然それを行うことは許されず、前記相隣関係の規定が設けられた趣旨から、当事者双方の具体的利害を充分に較量してその妥当な範囲を定めなければならないと解すべきである。

(二)  そこで本事件についてみるに、まず控訴人が前記越境樹枝によりいかなる被害を受けているかについて検討する。当審鑑定人鈴木善秋の鑑定結果、当裁判所の第二回検証結果、当審証人平井源二の証言、控訴本人尋問の結果によれば控訴人が別紙(三)の各被害を蒙つている事実をそれぞれ認定することができ、右認定に反する原審第二回検証結果は前記証拠と対比して信用できず、他にその認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  一方越境樹枝を剪除した場合における被控訴人の蒙る損害は、右控訴人の受ける被害事実認定の基礎とした各証拠のほか当審証人大野延司証言の結果によれば、その剪除部分が樹木の北側であることもあつて、後述(四)の範囲内ならばほとんど実害りないことが認定でき、右認定を覆すに足る証拠はない。

(四)  従つて、右に認定した各事実に、更に前記当裁判所の第二回検証結果、当審における鑑定人鈴木善秋の鑑定結果、当審証人平井源二の証言、当審における当事者双方本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合して判断すれば、別紙(二)乃至別紙(四)記載の越境樹枝については、別紙(四)記載の限度においてそれぞれ剪除することが相当であると認められる。この認定を覆すに足りる証拠はない。

四、控訴人は当初控訴人所有の前記土地と被控訴人所有の前記土地との境界線は、控訴人所有地の東方でこれに隣接する用水路上に架設してあるコンクリート橋南側欄干の西端中央部を基点とし、この基点より磁北左廻り九六度八分(一八六度八分の誤記と認める)距離一三尺五分の地点を(い)点とし、同点より磁北左廻り九〇度四八分距離三九尺の地点を(ろ)点とし、同点より磁北左廻り八七度一一分距離一〇四尺八寸四分の地点を(は)点とし、同点より磁北左廻り八八度距離八二尺の地点を(に)点とし、同点より磁北左廻り八七度五八分距離一三尺の地点を(ほ)点とし、右(い)乃至(ほ)の各点を直線で結ぶ線であると主張し、その境界線を越えている被控訴人所有の各木立の樹枝につきその剪除を求めていたが、当審第一一回口頭弁論期日(昭和三四年一一月一三日)において、その境界線の主張を別紙(一)(二)の通りに改めると共に、それに伴い剪除を求める樹枝の範囲を右新たな境界線(別紙(一)、(二))を越える部分に減縮し、結局訴の一部取下をなした。これに対し被控訴人は右口頭弁論期日より三ケ月内に異議を述べなかつたから民事訴訟法二三六条六項により右取下に同意したものとみなす。

五、以上の次第で、被控訴人は控訴人に対し、別紙(二)並びに(四)記載の被控訴人所有各立木の樹枝で、別紙(一)並びに(二)記載の境界線を越え控訴人方土地にさしかゝつている部分につき、別紙(四)の限度において剪除すべきであるから、控訴人請求はその限度において正当として認容すべきであり、その余は理由がないから棄却することとする。

よつて、右認定と異る限度において原審判決は失当であるから、原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉井省己 竜前三郎 渋川満)

別紙 (一)

(控訴人所有の新潟県直江津市大字塩屋新田字下の廻り九四番及び九三番の地続き土地と被控訴人所有の同所八六番及び九二番の地続き土地との境界線)

控訴人所有の右土地の東方でこれに接続する用水路上に架設してあるコンクリート橋南側欄干の西端中央部を基点とし、基点より磁北左廻り一八六度八分、距離一三尺五分の地点を(A)点とし、同点より磁北左廻り九〇度四八分、距離三九尺の地点を(ろ)点とし、同点より磁北左廻り八七度一一分、距離一〇四尺八寸四分の地点を(は)点とし、同点と控訴人方土蔵(東方のもの)の南西角を結んだ直線上で(は)点より距離一尺八寸の地点を(B)点とし、(は)点より磁北左廻り八八度、距離八二尺の地点を(に)点とし、同点より磁北左廻り八七度五八分、距離一三尺の地点を(ほ)点とし、前記基点より磁北左廻り一八五度三二分、距離一〇尺六寸五分の地点を(1) 点とし、同点より磁北左廻り八九度七分、距離二九尺二寸の地点を(2) 点とし、同点より磁北左廻り八七度一分、距離四二尺四寸の地点を(3) 点とし、同点より磁北左廻り八四度四二分、距離七三尺三寸の地点を(4) 点とし、同点より磁北左廻り八八度、距離三三尺三寸四分の地点を(5) 点とし、同点より磁北左廻り八九度一七分距離六〇尺の地点を(6) 点とし、前記(ほ)点と右(6) 点とを結んだ直線上で(ほ)点より距離一尺六寸の地点を(C)点とし、前記(A)、(B)及び右(C)の各点を順次直線で結び、更に(B)、(C)間の直線を西方に延長する線。

別紙 (二)、(三)、(四)〈省略〉

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